21世紀の歯科医療
日本歯科東洋医学会会長に就任して思う
会長 岡村 興一
2001.4.1
西暦2001年、遂に21世紀スタートの年を迎えました。この記念すべき年に、日本歯科東洋医学会の会長に就任できたことは大変光栄なことでありますが、その歴史的意味と責任の重大さを考えますと身の引き締まる思いが致します。
21世紀は千年紀における2回目初頭の世紀ですが、前半の50年は従来の考え方と新しい考え方が今まで以上に激しくぶつかり合う激動の時代となることは必至と思われます。
いままで地域的あるいは限られた領域に終始していた“考え方の枠組み(paradigm)”の変換と修正が、今後は世界規模でドラスティックに行われる大変革の時代となることが予想されます。なぜならば、この世紀の大きな特徴は欧米的世界観から東洋的なそれへと大きく変わる世紀と思われるからです。
特にここ10年間はその幕開け期間として重要で、今までの価値観と新しい価値観とが鬩ぎあい、崩壊と萌芽、あるいは変化と再生が同時進行する混乱の時代となるでしょう。
日本は、その潮流における重要な役割を担っているにも関わらず、その自覚が充分醸成されているとはとても思えません。あらゆる分野で“痛み”を伴う“変化”を強いられると思います。一時的な安寧があったとしてもその急激な社会変化にかき消されてしまうかもしれません。しかしその変化の先にあるものは、間違いなく東洋の時代、日本の時代であろうかと思います。東洋医学の考え方も当然のことながら、その世界的潮流と深く結びついていくものと思われます。
世界の三大伝統医学と言えば、「中国医学(中国伝統医学)」「アーユルヴェーダ(インド医学)」「ユナニ(アラビア医学)」と言われていますが、そのすべてがアジアの医学、すなわち東洋医学であることは注目に値します。東洋医学の歴史は、3000年あるいは4000年とも言われています。その間様々な歴史的変遷を経て、現在もなお大衆の指示を受けその命脈を保っています。そこには気が遠くなるほど多くの人達が関わり、そしてこの世を去って行きました。改めてその歴史的価値と意味を考えさせられます。その悠久の歴史から見れば、最近盛んに言われているEBM(根拠に基づいた医療)やIC(Informed Consent)という言葉も、遠く霞んでしまいそうです。
日本における東洋医学の歴史としては、奈良にある法隆寺の仏像や、東大寺の正倉院に収蔵されているものから遠き天竺(インド)のアーユルヴェーダの要素を見出すことができますが、日本最古の現存医書として有名な丹波康頼の『医心方』(982年)の内容に照らせば、一般的には中国伝統医学(随唐時代)がその源流と考えるべきでしょう。その後、金元医学の日本的簡略化をすすめた後世派(16世紀〜19世紀)、中国伝統医学の経験実証的日本化を目指した古方派(17世紀〜19世紀)、および西欧の医学との競合の時代(16世紀〜19世紀)を経て、明治維新後段階的に東洋医学(漢方)は法的に抹消され、表舞台から日陰の医療へと移ってしまいました。しかし、その研究と実践は決して絶えることはなく20世紀後半に新たな復活の時代を迎えることとなったわけです。
日本における東洋医学の歴史的変遷には、それを受け入れ、支え、取り込んできた日本独特の文化的背景‥懐(ふところ)‥が関わっております。私個人としてもそこに強い興味と関心を抱きます。このことを視野に入れて東洋医学を評価していかないと、近代化の中にある合理的手法に席捲され、東洋医学の奥にある本質が見えなくなってしまうのではないかと憂慮するわけです。
世の中には「変えてはならない本質的なもの」と「絶えず変えていくべき流動的なもの」とがありますが、この二つをうまく区分けして同時進行させなければ社会は発展しないと言われています。東洋医学も全く同じであろうと思います。
近代の歯科医学教育下で育った歯科医師が、近代歯科医学の呪縛から開放され、広く東洋の伝統医学を学ぶということは何を意味しているのか………。
東洋医学と西洋医学のどちらが臨床技術として優れているかというような単純な対比論による解釈では、東洋医学に内在しているその歴史的価値を充分に理解することができないのではないかと思われるのです。東洋医学はその歴史的経緯からしても、単に医療技術面だけでその価値を評価するものではなく、歯科医療のあらゆる側面にその意義と価値を見出すべきです(図1)。新しい技術の導入背景には、とかく医院の経営的側面にある経済的メリットが見え隠れします。
これを決して否定するものではありませんが、東洋医学はむしろ今までの経済優先の医療に警鐘を鳴らし、医療の良心を呼び覚ますものであるかもしれないのです。
歯科医療の主要側面と東洋医学の応用(図1)
| 1. |
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…哲学的側面(こころ)と科学的側面(もの) | |
| 2. |
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…経験技術的側面(知恵)と科学技術的側面(知識) | |
| 3. |
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…文化的側面(subculture)と経営管理的側面(management) |
以上のことをあまり考えずに、ただ東洋医学を個人的な利益のためにデフォルメして利用することは、厳に慎まなければならないと思います。東洋医学はその本質(叡智)に従うものであって、その言葉(知識)を個人的解釈のために利用するものでは決してないのです。“わたしの東洋医学”から“われわれの東洋医学”という考え方をもう一度理解認識する必要があるかもしれません。
日本歯科東洋医学会は、数ヶ月の準備期間を経た後1983年6月25日に開催された東京・高輪プリンス会館における発起人総会により発足し、同年11月16日プレスセンター(東京都千代田区内幸町)では、第一回の学会が挙行されました。初代松平邦夫会長、二代目福岡明会長、三代目松尾通会長とリレーされ、各会長の理念の元に発展し現在に至りました。本学会も今年で19年目となります。来年は記念すべき20周年を迎えようとしていますが、新世紀を迎え、更に10年先の展望をしながら本学会の在り方を会員の皆様と共に検討しながら、会務の遂行をして行きたいと思います。会の運営技術面においては、時代とともに変化していくのは自然なことと言えます。しかしながら、東洋医学の本質は不変のものであり、自然のもつ陰陽のダイナミズムがその要諦であることを考えますと、その基本である「陰陽の平衡」は、学会においても同じ様に変えてはならない運営技術であろうかと思います。西洋(科学)と東洋(経験)、部分(口腔)と全体(全身)、モノ(物質)とココロ(精神)をはじめその相対概念はいろいろありますが、もし私に学会における役割があるとすれば、バランス感覚を生かしてこれら相対概念の平衡を図ることであろうと思います。
誤った進歩史観により、東洋医学にある基礎理論を陳腐なものだと排除するようなことがあれば、それは俸大な文化財産を冒涜するものであります。東洋医学の科学化は、東洋医学を表現する一つの技術であります。全てのものが科学に取って代わってしまうものでは決してないのです。東洋医学には相互矛盾を解決していくアンビバレントな特性を有しています。これは専門分化された近代医学の弊害を解決する大いなる武器となります。
消費と競争の世紀が終焉を迎え、21世紀は“細部からゆるやかな全体へ(断片からゆるやかな総合へ)”と考え方の基盤が変化していくと思われます。つまりそのことは分裂・上昇がその特性である“火”の時代から、統合・安定を表す“水”の時代への移行を意味しています。専門分化した学問を、結合・総合化する役割、少なくともそのヒントを与える学会でなければならないと思います。
現在の様な混乱と変化の時代における学会運営は、今までには無い困難な問題を突きつけることでしょう。そのために多くの努力と発想の転換が必要となります。今後学会運営で大事なのは「規模」ではなく「意味」であり、どこにいるかではなく、どこに向かうかではないかと思います。基本指針におけるキーワードを「保存」「継承」「創造」とさせて項き、会員の皆さんのご協力とご批判そして叱咤激励をお願いしたいと思います。
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